鮎川信夫

四年ぐらい前だろうか、なんか死生についてよく考えていた時期があって、辺見じゅんの『戦場から届いた遺書』とか、幻冬舎からでてる『遺書 5人の若者が残した最後の言葉』とかベタベタな所を買って読んでいた。
特に幻冬舎の方は、『クロスロード 20代を熱く生きるためのバイブル』という本の余白に書かれていた遺書もあって、残された遺族はそれを最後まで真剣に生きようと考えていた、とプラスにとっていたけど、私には「何の役にもたたねーよ」って言ってるような気がして、なんかそういう本の限界を感じたな。

いや、こんな重い話をするつもりはなかったんだけど、そうそう、それで何を書きたかったかというと我書棚に眠る一冊の本を見つけたことだった。タイトルは『知識人99人の死に方』。また「死」かよと思うかも知れないけど、いえ「詩」です。正確には詩人の最後についてですね。
『知識人99人の死に方』には、文字通り知識人がわんさか出てくるのだけれども、割と詩人も多く登場していて、金子光春とか、中野重次、西脇順三郎草野心平なんかが紹介されている。なかでも荒地派で有名な鮎川信夫の最後がなかなか乙な死に方なので、知っておいても損はないかなと。
鮎川信夫は戦後、詩誌『荒地』を創刊して戦後詩壇をリードしてきた重要人物であった。戦中多くの死生を見届けた鮎川は、戦後も「自殺の二乗を生きている」という認識を一貫して持ち続けている。鮎川にとって戦争で起こったアイデンティティの喪失により一度自分は死んでおり、今亡霊としてこの世を彷徨っているといった感じだったろうか。なんかそんなことを書いた詩なり文があったような気がしますが、今は全然思い出せません。
で、彼にとっては死というのは慣例的なものに過ぎず、死について想い耽ることもなくなったといっています。代わりに鮎川は詩上において、今を生きられなかった多くの友のために弔いの詩を残しました。うん、なんか思い出してきた、確かそんなことを言っていたぞ。
私が好きだったのは「死んだ男」という詩。Mという男が登場するのですが、この詩の最後の終わらせ方がなんか好きだったな。

死んだ男

たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
――これがすべての始まりである。

(中略)

Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かかった黄金時代――
活字の置き換えや神様ごっこ――
「それがぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて……

(中略)

埋葬の日は、言葉もなく
立ち会う者もなかった
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。
空にむかって眼をあげ
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。
「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」
Mよ、地下に眠るMよ、
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。
鮎川信夫詩集1945-1955』−死んだ男(昭和30)所収

なんか呼びかけからの一言、みたいなのにどこか弱い私。単純だなー。

さて、鮎川という人は、医者に一度も行ったことがないことで有名だったが、もう一つ、極端な秘密主義者でもあった。なんせ、長年の友人ですら彼が結婚していたことを没後に知ったというのだから、なんともはや。というか、気づかない友人も友人だと思うが。
いや、こんなことを話している長くなってしまうので、お待ちかね、彼がどうやって死んだかということですね。
簡単に言うと1機UPキノコが足りなかったんです。
は!?っておもったでしょ?でもそうなんです。
従軍中にマラリア結核にかかって何機かつかってしまっていた鮎川は、脳溢血で倒れるその日、甥の家に自分宛の郵便物を受け取りに行きました。30分程家族と談笑した鮎川は、意気揚々とファミコンスーパーマリオブラザーズを始めます。ええ、マリオです。しかし熱中していた鮎川は、数分もたたないうちに声を上げて倒れました。たぶんクリボーですね。永遠のライバルですから。そのまま病院に運ばれましたが、意識を取り戻すことなく、一時間後には死亡宣告がくだされました。享年66歳(1986年10月17日)
一応言っておきますが、私は鮎川の死を馬鹿にしているわけではありません。ただ彼の最後は、彼が語っていたことそのままに、習慣の延長として存在する死であったと思うのです。同じ戦後詩人の田村隆一は「死よ傲るなかれ」といって死を嘲笑いましたが、鮎川のそれは希薄なまでの死への視線でありました。死に対してそのような態度を持つに至った彼の生涯が、果たして幸福なものであったかどうかはわかりませんが、怯えや脅迫観念とは違うそのよう死生への姿勢は(駄洒落です)一つの生き方として私の胸に残っています。
最後に、そのような生き方を示して頂いた故鮎川信夫とマリオ氏並びにルイージ氏に感謝の意を込めて、この文を終わりにしようと思います。
長文にて失礼致しました。

遺書―5人の若者が残した最期の言葉 (幻冬舎文庫)

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戦場から届いた遺書 (文春文庫)

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鮎川信夫詩集〈現代詩文庫〉

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